丸山 さとみ

山梨大学

課長級
 
丸山 さとみ
教育学域支援課
課長
 
採用年度:昭和56年度

 

これまでのキャリア

1年目~ 学生と顔見知りになり“人脈”の礎を築く

 山梨大学医学部の前身である山梨医科大学の職員として採用され、昭和56年4月から働き始めました。最 初に配属された部署は学生課学生係で、入学試験の実施、部活など課外活動の支援、学生の悩み相談への対 応といった学生のキャンパスライフ全般をサポートすることが私の仕事でした。ただ、当時は“女性の社会進 出”が進んでいる状況ではありませんでした。「男性は仕事、女性は笑顔でお茶くみ」という風潮で、私に与え られた仕事は、「ダイヤル式電話の磨き方」といった雑用ばかりでした。それが悔しくて、なんとか見返してや ろうと目で仕事を盗んだことを今でも覚えています。
 幸運だったのは、学生係に配属されたのがちょうど山梨医科大学が学生の受け入れを開始したばかりの頃 で、職員として学生と接するうちに第一期から第六期までの学生と顔見知りになれたことです。現在、彼らの 多くは本学医学部の教授や准教授、他の病院の院長、開業医として活躍しています。この時の人脈が後々の新 規事業の立ち上げや組織運営でどれほど私を支えてくれたか計り知れません。
 学生係に5年間勤務した後、医事課の外来係や医事係に配属され、受付や診療会計計算、医療費・保険証の 仕組みや患者の応対など、病院経営の根幹を学ぶ機会に恵まれました。ここでも、調理師や清掃のスタッフな ど、普段知り合えない人たちと交流できたことで視野や人脈がさらに広がったのは大きかったです。これら の交流を通じて、病院の在り方を俯瞰して考えるということに繋がりました。医事課を毛嫌いする人もいま すが、将来病院経営に関わりたいと考えているなら、若いうちに現場を知ることはとても有益だと思います。 病院経営は、大学経営とも大きく関係するので、若いうちから率先して関わっていってほしいです。

10年目~ 仕事の充実感を肌で感じつつ、理想の上司像を垣間見る

 「上司は背中で語る」とは月並みな表現ですが、時に言葉以上にその姿勢が人の心を打つことがあります。山梨医科大学で働き始めて10年目。庶務課庶務係で主要会 議の業務に関わる機会が増えていくなか、私が作成した教授会用の資料の間違いを会議で指摘されたのです。そんな時、慌てふためく私の横で係長が頭を下げ謝罪し てくれました。その姿にどれほど心が救われたことか。と同時に、「部下を守れる上司になろう」。そう、心に刻んだ瞬間でもありました。
 秘書主任に昇任したのが平成6年、勤務して14年目のことです。ここでは学長、副学長、病院長の秘書業務に携わりました。緊張感を伴う毎日でしたが、彼らとともに 行動することで大学の動向や病院運営を経営者と同じ視点から眺めることができました。その後、会計課出納係で主に収入関連業務を担当することとなり、平成12年 の国立学校事務情報化汎用システム導入時には、1年で学内のシステム運用の基盤を築き上げました。これらをやり遂げたことを通して、仕事へのやりがいと充実感を 知ったのもちょうどこの頃です。

20年目~ 新しい挑戦が新しい成長となる

 平成13年に医事課へ異動となると、医療福祉相談窓口の設置、平成16年に医学部総務課では、始まって間もない臨床研 修制度への対応といった新たな取り組みを任されるようになりました。そして、平成18年に医事課補佐に昇任。あまりに 突然のことに自分も周囲も驚きました。
 5年程、地域がん診療拠点病院や肝疾患診療拠点病院になるための申請やその関連業務に携わった後、また新規業務 に取り組むことになりました。前年、医師臨床研修マッチングによる本学医学部附属病院での臨床研修希望者数が過去 最低に落ち込んだことを受け、新たに設置された臨床教育センターでの臨床研修担当専門員です。至上命題は“V字回 復”。実現に向け、新たな案を練っては試行錯誤を繰り返す日々。格別なスキルや知識を持っていない私はいつもがむ しゃらに業務に取り組みました。それだけは徹底していたように思います。メンバーにも恵まれ、皆で協力して取り組ん だ結果、見事V字回復を達成。この時私たちが築いた基盤は今も引き継がれています。

30年目~ 知識・経験・人脈が結集され、職員が働きやすい職場環境づくりに邁進する

 平成26年に課長に昇任し、医学部総務課長として医学部や病院各部の調整、平成28年には総務部職員 課長として大学全体の教職員の人事評価やメンタルヘルスやハラスメント対策、そして現在は、教育学 域支援課長として教育学部全般の調整はもとより、教員養成機能の強化といった学部の改革に関わる業 務などに取り組んでいます。管理職となった今、経験が無い分野であっても、総務、会計、病院、学務と、こ れまで培ってきた知識と経験と人脈を総動員して、職員が才能を発揮できるような環境づくりを目指し ています。“三本の矢”ではないですが、ひとりの力ではやれることに限界があります。チームが“和”とな り、組織の歯車として潤滑に機能する。そんな魅力的な組織を作れればと考えています。す。

メッセージ

 若いうちから失敗を恐れて臆病になるのはもったいない。失敗は成功の母。必ず血肉となります。失敗の数だけ自分が描いた未来像に近づけると私は思っています。そして、がむしゃらに業務に取り組む。そうすれば応援してくれる人は磁石のように引き寄せられてきます。それが後々の人脈。「死なない限りかすり傷」という気概を持って、常に新しいことに挑戦し成長を続けてほしいですね。